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彩寿会第15回秋季展2018開催

20181128日から125日まで彩寿会秋季展が建築学会の建築会館ギャラリーで開催された。今回はゲストに新しく台湾の許華山氏が加わり総勢31名(ゲスト3名含む)で作品数57点であった。私は二子玉川、Image of Marine Cityそれに赤坂の迎賓館の水彩画3点を出展した。森義純同人はSMサイズの舞妓さん芸妓さんの鉛筆画10点を出品され、どれも繊細なタッチで力強い作品であった。又深谷俊則同人の波の表情3点の水彩画も波の写実が素晴らしく見応えがあった。又丸山昭夫同人の静物2点も絵らしい絵でセザンヌを思わせるような作品であった。私の作品は最近毎回出品している海上都市の絵を1点と東京百景に当たる作品2点であったが、他の表現の強い作品の多くに比べて細やかなタッチの絵であった。良く云えば見れば見る程味の出る絵の範疇に入れば幸いである。今年は津田修ご夫妻と根橋宏次ご夫妻にご案内状を差し上げたがまだ見えられないようであった。作品を作る側も見る側も傘寿近くになり、階段の上り下りなど手足を動かし難くなってきているのは確かである。人は感性から老けると云われる通り絵を描き続けることで脳に刺激を与える必要があると思えど大変なことである。作品の数をもっと増やしたく思っても、会場迄の運搬も大変で儘ならない。これからはどうしたらよいか思案しているところである。

 

   

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 10:40
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帝国ホテルで節子・美香さんに会う

2016116日に帝国ホテルに招かれ母方の従姉の小熊節子さんとお嬢さんの美香さんに久し振りにお会いした。節子さんからは家の孫に会いたいと以前より申されており、丁度ウィーンから訪日中であったのでお会いすることが出来た。こちらからは私達夫婦と息子夫婦それに娘の佳子の家族とで総勢7名になってしまった。ホテルをお訪ねしたのは夕方で、ロビーの喫茶スペースで軽く食前酒を頂戴し最上階の大レストランで洋食のバイキングをご馳走になった。美香さんは現在仕事の関係で香港のマンションに居住され、母親の節子さんとのウィーンでの生活はしていないとのお話で、節子さんもウィーンに一人住まいとなり大変寂しそうであった。来年2017年の7月には傘寿になられるそうで、私共は気持ちばかりの品(和風ハンドバッグ)を記念品としてプレゼントさせていただいた。数年前には福岡の溥氏にも傘寿のお祝いをしているので従兄姉では2人目であった。

孫の倫太郎、蒼太郎もとても元気でレストランでの食事に満足していた。帰り際には記念写真を沢山撮り、特に年齢の近い美香さんと佳子の記念の写真が出来たのが良かった。平素から博孝と佳子は美香さんと仲良く、連絡を取り合っており本日会うことが出来たことを大変喜んでいた。

 

   

 

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 10:38
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宮前フィルの演奏を聴いて

2018129日宮前市民館大ホールで久し振りに宮前フィルの演奏を聴いた。曲目は3曲でヴェルディの歌劇「ナブッコ」より序曲、それにマスネの「絵のような風景」とベートーヴェンの交響曲第6番「田園」であった。指揮は岸本祐有及(きしもとゆりの)であった。宮前フィルハーモニー交響楽団は1991年に14人で結成してから27年、その間年2回の定期演奏会に加えかわさき市民第九コンサートや那須町での水害復興のためのチャリティーコンサート等幅広く活動している。メンバーは職業も年齢も様々であるが、毎週日曜の午前中ほとんどの団員が参加して熱心に練習されている。私は昔から仕事をしながらクラシック音楽特に交響曲やピアノ、バイオリン協奏曲等を聴くのが好きで音楽に対しても大変興味を持っていた。オーディオでCDによる演奏を聴くのが主で実際の生の演奏を聴くことはそれほど無かったように思う。プロの方の演奏もよく聴きに行ったが、最近では宮前フィル等地域の交響楽団の演奏会に行くことが多くなった。家内の従兄がみずほフィルの団員でバイオリンを弾いており年に2回程演奏会に行ったこともあった。今回のプログラムでは田園交響曲がメインとなっておりその演奏は大変素晴らしいものであった。金管そして木管楽器の奏でる田園の情景の表現はベートーヴェンならではであった。それに女性指揮者の細やかな感性がマッチしており聴きごたえがあった。久し振りの演奏会を十分楽しんだ次第である。

 

  

 

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 11:05
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第33回WBG会年末の集いの開催

2018127日、港区六本木の昨年行われた同じ会場ル・プティ・マルシェ(フランス料理)で午後6時から開催された。出席者は夫々夫婦同伴で田中、山本、山田(会長)、西脇、根橋、西野、西川の各氏それに河田(幹事)の合計16名であった。村松氏は所用のため欠席された。例年のように山田会長の乾杯の音頭で始まり一年ぶりの顔合わせで、大変賑やかな雰囲気とフランス料理で会も盛り上がった。会の冒頭、幹事の河田より今までの年末の集いの履歴のリストの説明そして当会の会員であった赤崎氏そして野村氏の他界の報告をした。又今回赤崎家の雅美夫人より当会にご丁寧な文面と差し入れのあったことを報告し、一同赤崎氏のご冥福を再度お祈り申し上げた。赤崎夫人の返礼については幹事である河田に一任することでご了解された。引き続き会友の近況報告が順番に各ご夫婦よりあり、高齢化した日常のそれぞれの家庭生活が話題で楽しい遣り取りがあった。山田会長の推薦のフランス料理の品数も多くワインと共に皆さん大変美味しく頂戴し満足されていた。帰路に着く前に全員の記念写真を撮りワイン等の買物をしながら散会した。今回も皆さん体調の不具合もある中元気に出席していただけたことに感謝している。

 

  

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 23:30
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彩寿会 第11回秋季展

20141127日から124日まで田町の建築会館 建築会館ギャラリー(1階)で第11回の秋季展が開催された。彩寿会では春の本展と合わせて年2回の展覧会を行っているが、これは2014年度2回目の展覧会である。1階の学会の博物館として利用されているこの会場は毎年5060点の彩寿会同人の絵が展示される。今年は体調を崩されている建築家の木村誠之助氏も「偉大な芸術家の思い出」と題する油彩の作品を出品された。又彩寿会で最古参の間瀬惇平氏は「AVOVE HAWAI」と題する油彩を出品され、ハワイでの菊竹清訓氏の海上都市を連想されたイメージを表された。私は天橋立の2連の風景と海上都市の作品を出品した。間瀬さんとは海上都市の研究を共にした関係で絵にもそれを題材とした作品が多い。この日は佳子家族が私共と一緒に絵を見に来てくれた。倫太郎は11才、蒼太郎は6才になったと思うが会場で楽しそうに絵を眺めていた。昼食に出掛ける時中央の中庭に出たのでそこで記念撮影を原田鎮夫氏にお願いした。孫達も元気に広場を走ったりしていたが彩寿会の方達にも大変人気があった。絵にも興味を示している様で嬉しかった。娘の佳子も女子美出身で絵の感想は中々であるが楽しい秋の一つの行事となった。

 

  

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 10:28
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WBG会年末の集いの会場履歴

WBG会のメンバーも高齢化して傘寿を迎える方も多くなってきた。一方他界する方も出て少々寂しい気持ちにもなってきている。関西地方又仙台等地方におられる方はこの会に出席されていないが、現在常連の方は田中辰明、山本廣資、山田悍(会長)、根橋宏次、西脇敏夫、西野雄一郎、西川新八郎、村松映一に河田新一郎(幹事)の9名である。年末の集いも毎年ご夫妻で出席願いそれにふさわしい会場を探し長きに亘り無事に盛会の歩みとなっている。会も今年で33回となりここで今までの会場の履歴をまとめてみた。今までに日本料理8店、フランス料理7店、中華料理6店それにイタリア料理1店ロシア料理1店西洋料理1店というのが主な所である。2018123日現在の会場のリストは次の通りです。

 

 

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 23:38
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思い出に残るWBG会年末の集い

WBG会の年末の集いも今年で33回を数える。昭和38年早大の建築を卒業した仲間で建築展の時(3年生)に共に発表したグループの仲間で作った会である。卒業後はそれぞれの家庭を訪ねて年末の集いを行っていたが、卒後23年頃から会場を選んで持ち前で年末の集いを行った。最初だった新宿の星岡茶寮では日本料理であったが、それ以後はなるべく別の料理店で気分転換して行うこととし今回で33回を数えることになった。その中で第9回海皇赤坂店での集いでは幹事の河田がWBG回年末の集いについての主旨をのべているのでここに記述しておく。

 

 

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 23:01
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父・17回忌 母・23回忌の墓参と会食

2008年の926日冨士霊園の墓参に出掛けた。鷺沼の家からは田園都市線から小田急線の町田駅に行き、小田急線そして御殿場線経由で駿河小山駅下車、霊園の専用バスで15分程で墓所に着く。冨士霊園は敷地が大きいため園内はエプロンバスで墓所に行くのであるが、富士山を眺めながら丘陵地のお墓を見る光景はなかなか味わえない情景で、いつも日常生活から離れての気分転換になるのは有難い。緑の山岳に囲まれた墓所は人里離れた環境の中で静かに佇む様に見える。当日は私共2人と妹の四人での墓参であった。墓参を終えてから別立てで銀座アスター三軒茶屋賓館で河田威男家の中華料理を囲む会食を行った。当時は近藤玲美家、博孝そして佳子のそれぞれの家族とたま子、みつ子と私達2人とで河田威男家全員で14名程となった。普段はなかなか全員が集まれることが無かったが大変にぎやかで有意義な会となった。会食はいままででは主に冨士霊園の富岳亭等で行っていたが、東京での会食は過去新宿の星岡茶寮で行ったが、確か2回目であったと思う。霊園の富岳亭は東京に居住していると遠路にあたり近場の集まり易い会場にしたが記念すべき会となったことは嬉しかった。

 

   

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 00:05
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脳梗塞発病後2.5カ月経過

2018922日に発病した小脳の脳梗塞は105日に退院後2カ月が経過した。退院後も特に問題も無く頭が多少軽くなることも時には有るが日常の生活は出来ている。その間脳のCTを1回撮ったが、血液をさらさらにする薬と中性脂肪の値を下げる薬を投与され毎朝食事後に飲んでいる。投与されて血液検査をしたところクレアチニンの数値が1.8から2.4と悪くなり、腎臓内科で診察をうけたところやはり薬の影響が有ったことのようで、分量を半分以下にして頂いた。でも2.27程度で医者は思っていたより下がらなかったと述べられた。今後どのような手当てが必要か様子を見ることにした。神経と腎臓と脳の3か所で医療にかかっているために、東京女子医大の神経科の川本恭子先生が心配されて介護の申請を勧められたので、区役所へ申請を出しこの程「要支援1」に認定されることになった。早速浴室や玄関の一部に手摺を取り付けて日常の動きのサポートの設備工事をすることになった。私の恩師である武基雄先生は70歳の時に脳出血で倒れ、その後右手不自由な状況で94才まで生きられた話を知っており先生の「強く生き抜く力を持つこと」という信念に今では傾倒するようになった。12月に入り寒くなり家内のプレゼントのガウンを着て時のボジョレーヌーボーを飲みながら楽しんでいる。

 

  

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 23:16
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初めての個展を開催

2009413日から一週間南多摩田園都市郊外の横浜市に在るアートフォーラムあざみ野で「風景の記憶」と題する建築・絵画・工芸の総合展示を行い、今まで4半世紀に亘る建築を含めた美術展を開催した。400人以上の来訪者があり好評を博した。その時丁度従兄の河田溥兄が福岡から東京に来られており私の美術展を見ていただいた。数々の作品を丹念にご覧下さり作品の数が多いこと又力作が多かったことに感心されていた。展示する場所についてはいろいろ検討したが、スペースが広いこと又作品の運搬のことがありなるべく近か場としたく安価な横浜市営の公共施設に決めた。アートフォーラムは展示専用の広いホールが沢山用意されており、50点以上の作品となると天井高も高く明るい場所が必要となるのでその点当施設は良い環境にあった。都会の狭い会場と違いゆったり作品が展示出来て、休憩場所も取れ来館者にとって大変好評であった。長男の嫁の若葉には各作品の写真や会場の写真等沢山撮影してもらい良い作品集が出来た。展示もアートン社の力を借りて立派なレイアウトも出来満足した次第である。又作品が出揃ったら次回の美術展を開催したい気持ちになった。

 

   

author:河田新一郎, category:日々の出来事, 00:23
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